記憶を残す ~コミュニティにおける、アーカイブとは?~

図1
自分史。
社史。

今は、Facebook、Line、Gmail、Dropbox…と、意図しなくても、自分の日常のありとあらゆる記録が残る時代です。
そんな時代でも、自分の生きた記憶、会社の生きた記憶を、自分史や社史といった形で残したいという要望があります。

「断片的な記録の集まり」は、「物語/記憶」になることで、それを見る人の心に残っていくということでしょうか。

PWLアーカイブチームは、コミュニティの記憶を残すべく活動しています。いわば、これまで無かった「コミュニティ史」なるものをつくっていると言えます。
今回は、その活動の一端をご紹介したいと思います。

そもそも、何を残すの?

個人や会社と同じく、コミュニティもFacebookやDropboxに写真、資料など色んな記録が残っています。
PWLは生まれてまだ1年ですが、色々な記録が蓄積され、素材は十分にあります。

ところがアーカイブを始めたとき、
「では、早速作業に取り掛かりましょう」というところで、手が止まりました。
そもそも、何を残すのでしょうか?

自分史で残すのは、生まれてから現在までのイベントや、その時思ったことでしょう。
社史で残すのは、創業してから現在までの、時代背景や事業内容でしょう。
では、コミュニティ史で残すものは何でしょうか?

そもそも、PWLは、何をするところなのでしょうか?

途中参加というアドバンテージ

図3

実は、アーカイブを担当している私は、PWL途中参加です。
アーカイブ当初はPWLが生まれた歴史も知らないし、何をしているかもつかめていないし、メンバーもじっくり話したことがない人がほとんどでした。

それでも、WEBに散らばる記録をあさり、データを時系列に並べることは作業としては簡単にできたと思います。ですが、手が動きませんでした。

そこで、最初に始めたのは、メンバーと1対1でじっくり話すことでした。
PWLはメンバー同士に信頼感があり、普段話をしていない私にも、みんな心を開いて話を聞かせてくれました。
相手の人となり、どんな経緯で入ったのか…こういったことを聞いていくと、1時間もたつ頃には、親近感がわき、興味をもち、相手のことを大切だと感じます。話すことを通じて、「月に1回挨拶するだけの他人」ではなくなったのです。

5人目の話を聞いたあたりで、PWLがどういう心の集まりなのか、何が起こっているのか、つかめるようになりました。PWLが自分の一部として、重なってきたという感覚です。
この感覚になったとたん、PWLの年表はわずかな時間でまとめることができました。

この経験から、アーカイブとは、自分がその対象になることなのだと感じました。

コミュニティ史の気持ち悪さ?

図2

また、話を聞く中で、PWLは一人一人が変化していくコミュニティだということが見えてきました。
コミュニティでのメンバーの変化は、その人を通じて、その人の仕事や家庭にも伝わっていきます。

つまり、PWLのアーカイブは、PWLのイベントを整理するだけでなく、一人の人間の姿を記憶していくことだと考えています。自分史の集合のようなイメージです。

でも、自分史というプライベートを含む物語を、自分でもなく、お金を払ってお願いした相手でもない私に編集されるというのは、同じコミュニティのメンバーといえども気持ち悪さがあるのではないでしょうか。
今後もアーカイブにおいて、特に気を付けたいポイントです。

1周年記念に向けて

13112827_881535701968489_6149811684747629194_o

アーカイブチームでは、コミュニティの内に向けた地道なアーカイブの他、外に向けた発表も担当します。
1周年記念の振り返りでは、自分のいない時期も含め、1年分の振り返りをまとめました。不思議と自分のいない時期であっても、嬉しさや感謝を感じました。
その時、アーカイブについてこんな風に表現しました。

コミュニティとは、共に生きること。

コミュニティにおけるアーカイブとは、
 仲間を知り、
 仲間を愛し、
 共に生きること。

PWLでは活動する中で、常に自分の考えを見直し、進化させていきます。
これからアーカイブを続ける中で、自分はコミュニティをどのようにとらえ、アーカイブをどのように表現していくようになるのか。
まだ見ぬ2周年の自分を思いながら、日々記憶を積み重ねていきたいと思います。

文責:堺夏香